私が奴と出会ったのは、春先の晴れた午後だった。
  陽気に誘われ町に出た私は、咲きかけた桜の下を何気に歩いていた。
「ん?」
  前から派手な格好をした男が、右へ左へと道行く人に誰かれとなく声をかけている。
  オーバーオールに赤いシャツ、黄色いキャップという出立ち。
  一見子供のようにも見えるのは、派手を通り越してもはや珍妙に近いスタイルだからかもしれない。
  新手のサンドイッチマンか?
  道は遊歩道。それほど広くない。引き返すと追いかけられそうだ。
 話しかけられると、いやだなぁ。
  たまたま私の前には二人連れの女の子が歩いている。
 そうだ、前を行く彼女たちに奴が声をかけている隙にやり過ごそう。
  そう考えて、少し歩を進め女の子たちとの間隔を詰めた。
  これなら躱せると、間合いを見計らっていた。
  我ながら抜かりはない。
  果たしてオーバーオール男が目の前に来たとき事件は起こった。
「ねー君たち・・」と奴は予想通り前の二人組に声をかけた。が、その「ねー」という声が聞こえるか否やの瞬間、二人の女の子は踵を返しUターンした。
  その見事なタイミングに、オーバーオール男も意表をつかれたようだったが、私も面喰らった。
  予想していなかった私は、思わずオーバーオールと目を合わせてしまった。
  我に帰るのが奴の方が一瞬早かった。
しまった。
  相手もそう思ったのだろう。
  奴の「チッ」と軽い舌打ちを私は見逃さなかった。
「いやいや、チッ!はこっちだろう」なんて心で突っ込んでいたら、奴が話し出した。
  さっきの「チッ」が嘘のように、目がうるうるしている。
なっ、なんだぁ〜?
「あの〜僕、ラビっていいます・・・」
  ますます怪しい。
  新手の詐欺か?
「あのう、僕お腹がペコペコなんですぅ。アルバイトに雇ってもらえませんか?前借りで」
  何が小さい『ぅ』だ?あ〜?前借りだと?
  その時、奴の手がしっかり私の袖を掴んでいるのに気付いた。
  それも半端ではない力だ。
  絶対に離さないという決意が手に込められている。
「倉庫係でもなんでも結構ですぅ~」

  心地よいはずの春先、私の心には秋風が吹いていた。
  それが奴との出会いだった。

  つづく。
してはいけません